大義名分

佐藤進一さんの『日本の中世国家』(岩波現代文庫、親本は1983年)です。
頼朝挙兵のときに、以仁王をはたじるしにしたことを、佐藤さんは「東国政権の首長(東国の主)たるにふさわしい皇親と、東国の軍事団体の長(武家の棟梁)たるにふさわしい武将との両主制の構想が、恐らく関東の豪族の中に生まれていたのではないか」と推論します。そうした構想が、いろいろな職が特定の家柄に世襲されていく王朝国家のなかで生まれてきたところに、この時代をみようというのです。
単なる実力だけでなく、家柄のような、何らかの「権威」をつけようというのは、ある意味では日本の社会のありようかもしれません。明治維新のときに、薩長天皇を担いだのも、その一例かもしれませんし、今でも政治家の後継が親族になっていくのも、そうした「伝統」のあらわれなのかもしれません。
とはいっても、今回の長崎市長選挙のようなものもあります。これからもその「伝統」が生きるのかどうかは、みていかなくてはいけないのでしょう。