貧すれば

ドイツのノーベル賞作家、ハインリヒ・ベルの『保護者なき家』(小松太郎訳、角川文庫、1969年、原著は1954年)です。
父親を戦争でなくした二人の男の子(1942年生まれという設定です)が主人公といっていいのでしょうか、彼らの生活を描いています。
一人はマルティンといって、祖母がマーマレード工場を経営していて、父親がいなくてもけっこう豊かな生活をしています。この工場は、1933年から売り上げが伸びていって、戦争の時期になるとよく売れていたというのです。マルティンの父親は、詩を書いていたのですが、工場につとめて、マーマレードの宣伝コピーをつくったりもしていたのです。
もう一人はハインリッヒといって、こちらは母親が庇護してくれる実家もなく、自分の力で生きていかなくてはいけない境遇です。母親は、何人もの男性と関係をもたざるを得なくなり、ハインリッヒには妹も生まれるのです。
戦争未亡人という境遇は同じでも、家庭環境の違いによって生活の姿が変わっていくさまがとらえられた作品です。その点では、戦争によって事業を拡大した工場が、若旦那を戦争で失うというのも、ある種の皮肉めいた状態なのかもしれません。
そういう点で、戦争のもたらす被害というものを考えさせるものではあります。