便利さのかげで

佐伯一麦さんの、『石の肺』(新潮社)です。
佐伯さんは、電気工事の仕事をしながら小説を書きはじめたかたなのですが、健康を害して作家専業となったのです。それは、工事の過程で、建物の天井裏や壁などをいじると、どうしてもそこに吹き付けられているアスベストを吸ってしまう。それが彼の呼吸器を傷つけていったのだというのです。
佐伯さんの作品をはじめて読んだのは、15年くらい前のことです。必要があって、最初の作品集『雛の棲家』(福武書店、1987年)から年代順に読み始めたのですが、作者自身の生活を題材としながら、社会のさまざまな局面を切り取る佐伯さんの力に感服したものです。その中では、電気工のみちをあゆむ主人公が、アスベストを吸って、体を痛めていくプロセスが描かれていました。主人公は東京を去り、茨城県古河の工場につとめるようになり、そして家族とも別れて新しい生活をめざしていくようになるのです。
そのときにもアスベスト禍は作品のなかでふれられていたのですが、今回の『石の肺』では、それを過去の自分の生活と、現在の取材とをあわせて、アスベストがいかに使われていて、それがどのように人びとの健康を損なってきたかを追及していくのです。
1980年代半ばの東京世田谷での通信ケーブル火災が、かえってアスベストの使用を促進したという側面も語られ、こうしてブログやネットが盛行する基盤となった通信施設の発達が、逆に健康の犠牲の上に成り立っているのだと思うと、何を大切にしなければならないのかについて、よく考えなくてはいけないのだと、あらためて気づかされるのです。